IE9ピン留め


風ニ負ケヌ草トナリ、雨ニ負ケヌ花ヲ咲カセル。私ハソンナ人間デアリタイ。


by masami_ws

若者と名ヴァイオリニスト

 ローレンス・ブロックが小説の中でエピソードとして使ったものだが、忘れられない話がある。だいたい、こんな話だ。
 
 ヴァイオリニストを目指す一人の若者が、ある高名なヴァイオリニストの楽屋を訪ねる。

「私が、将来一流のヴァイオリニストとして成功できる才能があるか、僕の演奏をどうか聴いてください」

 言われるままに演奏を聞いた名ヴァイオリニストは、感想を求められ答える。

「君の演奏には燃えるような情熱が欠けておる。だから、ヴァイオリニストとして成功することはないだろう」

 若者は、その言葉にヴァイオリニストの道を諦め、実業家となり成功を収めた。

 月日が経ち、再び名ヴァイオリニストのコンサートに出かけた彼は、楽屋を訪ね、自分のことを覚えているか訊いてみた。答えは意外なものだった。

「覚えとらん。そんなことを言ってくる若者はたくさんおるからのう。わしは彼らの演奏は殆ど聴いてはおらんのだ。ただ最後に必ず『君の演奏には情熱が欠けている』と言うことにしているんじゃ」

「そんな…ひどいじゃないですか、僕はあなたの言葉を信じてヴァイオリンをやめたんですよ」

「君はそれで実業家として成功したんじゃからよいではないか」

「何をおっしゃる。僕にとっては実業家として成功するよりもヴァイオリニストとして成功することのほうがずっと意味があったのに…」

 そこで名ヴァイオリニストは噛んで含めるように言う。

「君の演奏には情熱が欠けている、と言われてヴァイオリンを諦めるような人間はこの道では成功しないんじゃよ。そう言われても、それを聞かずに突き進む情熱を持った人間だけが成功するということなんじゃよ


 うーむ、いろいろ考えさせられる話だ。燃えるような情熱を、オイラは持ち続けているだろうか。
# by masami_ws | 2012-01-10 22:27 | ここはチェンジアップ | Comments(0)

被災地の二十歳へ

 相変わらず、子ども向けの施設であるテーマパークで、ネズミやアヒルの着ぐるみのダンスで盛り上げながら成人式を迎える市がある。もう何度も書いたことだが、毎年成人式というとこのニュースが流れるので、どうしても気になる。あれはどう見ても、保育園や幼稚園の入園式に相応しいイベントだろう。

 一方で、今年は昨年の震災被災地の成人式の様子がニュースになった。陸前高田市の成人式では、本来新成人として列席していたはずの若者たちの遺影が、椅子に並べられていた。総代は金髪のヤンキー風の男性だったが、これから苦しい時も、楽しい時も、亡くなったみんなを思い出す、というような素晴らしい決意を発表してくれた。

 人間の成熟度は、人の死や苦境などが身近にあるかどうかで決まる。戦前の若者の残した手紙などを見ると、老成しているとまで言えるほどの覚悟や達観が見られる。もしかしたら、被災地の若者たちも、身近に肉親や友、多くの人々の死を見つめて、震災前とは違うなにかを感じているのかもしれない。

 被災地の二十歳の諸君に期待したい。誰しもが人生の最も甘美な時期として思い出すはずの二十歳前後のこの時期に、大震災という苛酷な試練を体験した彼らは、人生の意味を真剣に模索し始めているのかもしれない。日本の戦後復興を支えたのは、やはり敗戦というつらい体験を乗り越えてきた若者たちだった。

 大胆な予言だが、これから10年、20年という中で、これら被災地の若者たちの中から、この国を変えていくリーダーが現れるような気がしてならない。

 
# by masami_ws | 2012-01-09 23:57 | 直球勝負! | Comments(0)

今度はジャンプの出番だろ!

 オーストリアのインスブルックで行われたスキージャンプワールドカップで、日本の竹内択選手が3位に入り初の表彰台に上った。同じ雪印メグミルクで、元・土屋ホーム(こう書くとややこしいが)の伊東大貴選手も好調だし、土屋ホーム総務部スキー部キャプテン兼監督兼選手(こう書くともっとややこしいが)にして世界最年長不倒ジャンパーと言われる(いや、勝手にオイラが言ってる)葛西紀明選手も腰の故障で一時帰国していたが、ようやく戦線に復帰、いよいよ全員が表彰台を狙える体勢が整ってきた。
 同行している日本チームの須田コーチがFBにアップした写真を拝借。この冬季オリンピックかと見紛うほどの大観衆を見てほしい。ヨーロッパでのジャンプ人気は、日本のプロ野球とJリーグとプロレスとK-1と大相撲と歌舞伎とAKBとジャニーズを足したくらい凄い(らしい)。

 こんな中、日本の男たちが日の丸の威信をかけて必死で飛んでいると思うと、もっと応援せねば、と誰しもが思うだろう。葛西選手など、17歳の時から20年以上もWCを飛び続けていて、ヨーロッパではカミカゼ・カサイの名はある種の畏敬の念で見られているという。
 夏はなでしこが日本に元気をくれた。冬は日本ジャンプチームがきっとカミカゼを吹かせてくれるはずだ。WOWWOWでも放送が見られるこのスキージャンプワールドカップ、是非みんなで応援しようではないか。
# by masami_ws | 2012-01-05 20:53 | 乾杯! | Comments(0)

期待に応える力

 毎年、楽しみにしている箱根駅伝。今年も、全選手の力走に心を打たれた。

 1区では、区間2位に終わったものの、早稲田のエース大迫に食い下がった日体大1年の服部選手が印象に残った。彼の力は「箱根で区間賞を獲る」という父親との約束。その父を12月に亡くしたばかりの彼は、喪章を胸にあっぱれな走り。区間賞はさすがの大迫に敵わなかったが、お父さんは喜んでいるぞ、きっと。

 2区の青学の出岐選手は、独特のフォームで坦々と走り、前を行く各校をごぼう抜きにして行った。色白、サングラスで、他の選手たちと雰囲気が違う。クールな走りが、なんだか、今回一番カッコ良かった。

 また、何度もテレビで放送されていたが、9区の神奈川大3年鈴木選手。駅伝最後の4年生にどうしても母校の襷を、という一心で意識朦朧としながら、2度倒れても立ち上がりタッチの差で繰り上げスタートを免れたその姿は、これぞ箱根駅伝というシーンだった。

 圧巻は何と言っても、最難関5区の東洋大4年柏原選手。キャプテンとして、また「山の神」柏原竜二として、チームと全国の駅伝ファンの期待を背負って4年生として最後の箱根。その重圧を見事にはねのけて、4年連続区間賞、3度目の区間新記録を達成した。

 期待された者が期待された通りの結果を出すことは、プレッシャーの少ないルーキーが番狂わせの活躍をすることとは全く違う。柏原選手も、マスコミにいろいろ書かれたりして陸上が嫌になったこともあると談話していた。

 「期待に応える力」…もしかしたらリーダーにとって、最も重要な条件と言えるのかもしれない、ということを教えてくれた柏原選手の姿だった。
# by masami_ws | 2012-01-04 08:54 | 乾杯! | Comments(0)

今年こそ、頑張ります!

 どうも自分の中では、まだ明けまして「おめでとう」とは言えない喪中の気分がわだかまっている。そんな中、一人の中学生の言葉に背中を衝かれた。

本日は、未曾有の大震災の傷も癒えない最中、わたくしたちの為に、卒業式を挙行していただきありがとうございます。
ちょうど、十日前の三月十二日、春を思わせる暖かな日でした。わたくしたちは、そのキラキラ光る日差しの中を、希望に胸を膨らませ、通いなれたこの学舎を、五十七名揃って巣立つ筈でした。
前日の十一日。一足早く渡された、思い出のたくさん詰まったアルバムを開き、十数時間後の卒業式に、思いを馳せた友もいたことでしょう。「東日本大震災」と名づけられる、天変地異が起こるとも知らずに・・・
階上(はしがみ)中学校といえば「防災教育」といわれ、内外から高く評価され、十分な訓練もしていたわたくしたちでした。しかし、自然の猛威の前には、人間の力はあまりにも無力で、わたくしたちから大切なものを、容赦なく奪っていきました。
天が与えた試練というには、むごすぎるものでした。辛くて、悔しくてたまりません。
時計の針は、十四時四十六分を指したままです。でも、時は確実に流れています。
生かされた者として、顔を上げ、常に思いやりの心を持ち、強く、正しく、たくましく生きていかなければなりません。
命の重さを知るには、大きすぎる代償でした。
しかし、苦境にあっても、天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きていく事が、これからの、わたくしたちの使命です。
わたくしたちは今、それぞれの新しい人生の一歩を踏み出します。どこにいても、何をしていようとも、この地で、仲間と共有した時を忘れず、宝物として生きていきます。
後輩の皆さん、階上中学校で過ごす「あたりまえ」に思える日々や友達が、いかに貴重なものかを考え、いとおしんで過ごして下さい。
先生方、親身の御指導、ありがとうございました。先生方が、いかにわたくしたちを思って下さっていたか、今になってよく分かります。
地域の皆さん、これまで様々な御支援をいただき、ありがとうございました。これからもよろしくお願い致します。
お父さん、お母さん、家族の皆さん、これからわたくしたちが歩んでいく姿を見守っていて下さい。必ず、よき社会人になります。
わたくしは、この階上中学校の生徒でいられたことを誇りに思います。
最後に、本当に、本当に、ありがとうございました。

平成二十三年三月二十二日
第六十四回卒業生代表  梶原 裕太


 これは宮城県気仙沼市立階上(はしがみ)中学校3年の梶原裕太君が、昨年震災十日後に行われた卒業式で卒業生代表として、、涙を流しながらも歯を食いしばり、最後まで立派に読み切った答辞の全文だ。

 過酷な試練に「天を恨まず」まっすぐに生きようとする姿勢に胸を打たれる。

 今年は、復興元年。ここで我々現代を生きるこの国の人々が頑張らねば、打ちひしがれた昭和20年の夏から逞しく立ちあがった昭和の先人たちに顔向けができない。

 頑張れとか、頑張ろうとか、他人のこともあるが、まずは自分が他人のためにも頑張る。これが今年の最大の我がテーマである。

  
# by masami_ws | 2012-01-01 21:40 | 直球勝負! | Comments(0)

師走の東京


空気の澄んだ冬のベランダから180度の写真を撮ってみた。
# by masami_ws | 2011-12-30 00:42 | 閑話休題 | Comments(2)

こんまり的捨てる人生VSなかまさ的捨てられない人生

 若いころから見どころのある男として、今に大きくなると思っていたら本当に大きくなった(…ただし体が…ざっと0.1トンは軽く超えている)大見Tモヤス氏にブログサボんなよと言ったら、さっそく良いことを書いていた。曰く、「捨てないと入ってこない」。うーむ、なるほど。

 キミもボクも、まずはお腹の周りのものを捨てないとねTモヤスくん、などと一人ツッコミ入れてましたが、ちょっとその「捨てる」ということについて書きたい。というのも、最近、日本人は捨てすぎてないか?ということだ。

 この間、テレビに「こんまり」とかいう小さくて可愛い女の子が出ていて、何をする人かと思いきや、人の家へ行って片付けをする名人なんだとか。けっこうづけづけと「こんな服、これから絶対着ないですよね」などと言ってどんどん捨てさせる。(きっと、この人O型だと思う。知ってる人はいるだろうか)

 このやり方を見ていると、つまり片付けとは捨てることなのだと納得させられる。過去に執着するから捨てられないと言われればその通りだ。合理的に考えれば、もう一生着ないだろうと思われる服、例えばオイラやTモヤスくんが若かりしころ来ていたスマートなY体のスーツなど、これからどう頑張ってみても着れるようになる見込みは97.8%くらいない。

 そんな物を後生大事に取っておいて、どうすんだねTモヤスくん!今に痩せるからと言って、特大サイズ専門店に行ってる場合か、キミいっ!なんて言いながらオイラも捨てられない服や本、鞄などが5トンくらいある。いやはや参ったのう。

 ついでに言えば、さっき冷蔵庫に11月に買ってとっくに賞味期限切れのタラコを発見。これだって焼いて「焼きタラコ」にすれば食える、と捨てられない。桃屋の「ごはんですよ」とか「鮭フレーク」の入ってたビンを捨てられず、綺麗に洗って取ってある。宅急便の段ボールもちゃんと取ってある。枯れてしまった植木の鉢だけは、何か植えるかもしれないと取ってある。絶対外へは締めて出られない、冗談で買った猫の柄のネクタイも捨てられない。

 そう、オイラはこんまりとは正反対の「捨てられない人生」。こまったもんだ。

 でも、ちょっと待て。利用価値の無くなった物は何でも捨てられるドライな人生ってどんなものか。こんまりさんが片付けたという部屋を見て、なんだがモデルハウス的無機質感を感じるのはオイラだけだろうか。

 子どもの頃、一体何に使うつもりだったのかよくわからないが、母がデパートの包み紙などを丁寧に畳んで茶箪笥の引き出しにしまっていたのを思い出す。無駄が多く、不合理であることは承知だが、家が散らかってもオイラは思い出や未練を捨てられない人生を選ぶ。こんまりさんはその辺のことをどうお考えなのだろうか。
 
# by masami_ws | 2011-12-28 01:25 | 今夜はスローカーブ | Comments(2)

日本人はいつから腰抜けになったのか

 昭和20年4月、アメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトの訃報に対し、当時の首相鈴木貫太郎が同盟通信の短波放送で、不倶戴天の敵国であるはずのアメリカ国民に弔意を示した。戦争中の敵国に対するこの日本人の行為は、世界の人々に驚きと敬意を持って受け止められた。

「アメリカ側が今日、優勢であることについては、ルーズベルト大統領の指導力が非常に有効であって、それが原因であったことは認めなければならない。であるから私は、ルーズベルト大統領の逝去がアメリカ国民にとって非常なる損失であることがよく理解出来る。ここに私の深甚なる弔意を米国民に表明する次第である。しかし、ルーズベルト氏の死によって、アメリカの日本に対する戦争継続の努力が変わるとは考えていない。日本側としても米英のパワーポリティックスと世界支配に反対するすべての国家の共存共栄のために戦争を続行する決意をゆるめることは決してないであろう。」

 今回の北朝鮮からの訃報に対して、日本政府の官房長官は「個人としては弔意を示すが、日本政府としては…」などと、様々な声を懸念してか、腰抜けな発言をしている。

 たとえ、どんな人間であれ、人の死に際しては瞑目し、その家族、一族に対しては弔意を表する、というのは我々日本人が、さまざまな歴史を経て身につけてきた、世界に誇れる教養である。

 キム・ジョンウィルが死んでも、この指導者の下に行われた国家的犯罪が許されるということはない。ただし、人の生死の尊厳というものを忘れるほど日本人は無教養になったのか。だとしたらそれは、傷つき、囚われの身となり無抵抗で命乞いするカダフィを、惨たらしいリンチにかけ殺した野蛮に通ずるものがある。

 そして死者を鞭打つことで、拉致問題、核問題など、この国に関わる問題の解決が促進されるとは到底思えないし、人間として最低限の礼を尽くすことがそれを阻害するとも思えない。

 日露戦争で辛くも勝利した日本人は、陸においては乃木希典が、海においては東郷平八郎が、それぞれの軍で敗将となったステッセルとロジェストヴェンスキーに対し礼を持って接し、敵味方双方の戦死者を弔った。

 アメリカに気を使っているのか、誰に気を使っているのかは知らないが、藤村官房長官の今回のやりようはいかにも腰抜けだ。日本人の誇りはどこへ行った、と大きな声で言いたいのである。

 長くなるが、鈴木貫太郎の終戦後のことばを最後に読んでほしい。現代日本人に対する過去からの警鐘をここに聴くべし。

「日本人として是非とも残しておきたい美点は何かといえば、本当の武士道であると思う。ヨーロッパにおいて古代には騎士道があり、その精神は脈々と現在にも伝わって来ているのであろうが、日本が過去において世界に誇ってよかったものは武士道であったと思う。武士道は決っして武を好む精神ではない。正義、廉潔を重んずる精神であり、慈悲を尊ぶ精神である。これを失ったままにしておくことは日本民族の精髄を失うことになる。
 役人が国民に約束したことを破って平然としている。知人間、同胞間でお互いがてんでに勝手な生活をしている。約束は実行しない。自由を放縦とはき違えている。こんなことでは騎士道を重んずる連合国の人々にますます劣等国視されるばかりだ。
 いたずらに外面的な新を追い外国風な風俗になることが、民主主義ではない。民主主義の裏づけとなるものは、正義、人道、寛容、友愛その他真に日本の武士道と共通するものである。
 また、これからの日本人は精神も肉体も健全であると同時に、勤勉であり、能率的でなければならぬと思う。日本人が非常に非能率的であるということをよく耳にするが、それは日本人が生活訓練を怠っている証拠であり、常時訓練を行えば、日本人は驚くべき能率をも発揮し得る国民である」
# by masami_ws | 2011-12-23 07:50 | ビーンボール163㎞ | Comments(0)

ホノルルマラソンずだぼろ歩記(あるき)⑤今後の課題


 まあともかく、フルマラソンを走ったというよりは、フルマラソンの距離を歩いたり走ったりしてどうにかゴールまでたどり着いたという今回のホノルルマラソンだったが、今後にいろいろな課題を残した。

 といってもアスリートの皆さんから見たらくだらない課題かもしれないが…。

 実は上の写真は今回ランニング用のナップサックに詰めて携帯した食べ物類の一部。これ以外にバナナ三本、大型の栄養ゼリーパック二個、アミノサプリ一個など、結構な大荷物になった。

 水分の補給ポイントは数多くあるが、食べ物はないホノルルマラソン、途中のエネルギー切れに備えて食べ物を持てと言われていた。

 特に前日のセミナーでスポーツドクターの野田先生が、羊羹がいいと言っていたので、早速ドンキホーテ(日本の店同様何でもある)で、小さなパック入りの練り羊羹、小倉羊羹、抹茶羊羹と一口サイズの塩羊羹一袋などを購入。

 後で考えると、こんなに持つ必要はなかったのだが、A型で根が心配性の夫は、O型で「なんとかなるっしょ」と楽観的な妻の分まで、担いでいくことと相成った。

 気分はもう、軍歌「歩兵の本領」の何番かにある

♪携帯口糧あるならば
 遠く離れて三日四日
 荒野千里に及ぶとも
 散兵線に秩序あり♪

の通り。でも、やはりというか、当たり前というか、マラソンの最中に食べた物は、持って行った中のごく一部。大半の荷物は、ただ背中に背負って42.195kmを移動しただけのペイロードに。

 ということで、アスリートの皆さんは、栄養補給に関しては、どう対処しているのか。
 是非ご教示いただきたい。
# by masami_ws | 2011-12-21 08:25 | 直球勝負! | Comments(2)

ホノルルマラソンずだぼろ歩記(あるき)④マラソンと感謝の不思議な関係その二

 マラソンで「感謝」というものと出会った話の続きをしよう。なんだか、あんまりガラじゃなくて照れ臭いのだが、肉体を追い込むと感性が呼び覚まされるのかもしれない。

 まずは、今こうして走っていられることの背景には、仕事で支えてくれた多くの人たちがいる、ということだ。お客様はもちろん、協力してくれている様々な人たちにも、本当に感謝し、帰ったら仕事で恩返ししなければとつくづく思った。

 次は親だ。まずは、ぶっつけ本番でもなんとかこうして走れる気力を与えてくれた亡き父に感謝したい。陸軍士官学校の同期生によると、訓練で一人だけ、隊の重機関銃を担いでえっさえっさと走っていたという。そういう男だったのだ。我が父は。

 また無茶の利く頑健な体に産んでくれた母にも感謝。55歳で逝った父の体は、強いが脆かった。オイラは、強くてしぶとい。これは80を過ぎても、大きな病気もせず水泳などしている母の体質を受け継いだことは、間違いない。

 そして最後は妻だ。オイラが重い腰を上げて今回ホノルルマラソンに挑戦できたのは、何と言っても、好奇心旺盛で実行力のある妻の存在があってのことだ。「犬も食わない」夫婦喧嘩をしながら走ったのも御愛嬌、実は、深く深く感謝しているのである。
# by masami_ws | 2011-12-19 18:54 | 乾杯! | Comments(4)
< 前のページ 次のページ >

更新お休みしてましたが…

10年前にブログの前身として「中川理巳の直球勝負」を開設、毎日更新に命を懸けていた頃を思い出し、頑張ります!

最新のコメント

明けましておめでとうござ..
by 中川(A型さん)理巳 at 21:05
 新年あけましておめでと..
by 北のバカセ at 16:14
うわあ、またO型女性の地..
by 中川(A型さん)理巳 at 00:19
この記事に頷きながら、>..
by マロニエのこみち・・・。 at 11:08
だからあ「こんなすごいこ..
by 中川(日曜研究家)理巳 at 20:35
こんにちは♪ しばらく..
by マロニエのこみち・・・。 at 12:54
こんな記録では「やった人..
by 中川(NYウォーカー)理巳 at 22:37
ミナミナさんに教えられた..
by 中川(エセ・アメリカン)理巳 at 22:35
「やった人にしか分からな..
by 土たに幸三 at 11:55
わかります、肉体を追い込..
by ミナミナ at 21:33

以前の記事

2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 07月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月

お気に入りブログ

ライフログ

検索

ネームカード

ファン

XML | ATOM

skin by excite