風ニ負ケヌ草トナリ、雨ニ負ケヌ花ヲ咲カセル。私ハソンナ人間デアリタイ。


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Work Hard and Enjoy Life!

 高校生は「クラブ活動」か「受験勉強」かと悩んだりする。社会人は「仕事」か「家庭」かなどと悩んだりする。経営者は「利益の追求」か「理念の追求」かと悩んだりする。

 いずれも答えはなかなか見つからない。二律背反的な発想と言うのは生産的にならないからだ。AかBか、と「or」の質問で訊かれても、本当はどちらも大事なことを、僅か何グラムのものを量るような天秤にかけて答えられるものではない。

 「昼飯は天ぷらそばにしようか、きつねうどんにしようか」などということは「きつねうどんのほうが30円安い」とか「カロリーが100kcal少ない」とか天秤で量ればよい。しかし、最初に挙げた高校生や社会人、そして経営者の悩みを天秤にかけてみよ。

 「部活か受験か」も、「仕事か家庭か」も、そして「利益か理念か」も、全て天秤は一瞬にしてぶっ壊れてしまう。それほど、どちらも大事だからだ。バランスなど取りようもないものだ。しかも、それら対立するように見える二つのものは実は共存不可能なものではない。

 突っかかるようで悪いが、役所が考えた「ワークライフバランス」なる造語にどうも引っかかるのは、このへんの理由だ。この言葉を考えられた方には別の深~い意味もあるのだろうが、言葉の上から受ける印象は「仕事も人生もほどほどにバランスよくやりなさいよ」というようなヌルさだ。

 大事なことは、orの計算ではなくandの創造性だ。オイラの理想は「Work Hard or Enjoy Life」ではなく「Work Hard and Enjoy Life」だ。どちらもほどほどにやってバランスを求めるなどというツマラぬ人生になりたくはないのだ>

ということで自己弁護するわけではないが、今日は今までガッツリ仕事した分、某所でガッツリ人生の楽しみに浸っている。仕事で貯まりに貯まったJALのマイルを使ってるので、お金は余りかかっていないが…

 ともかく3リッターV6のマスタングは200hpちょいだが、まあまあ楽しめるぜ。(…って、ちくしょう、本当は300hpオーバーの4.6LV8に乗りたかったあ…こいつはレンタカーにはないので買うしかないか、いやはや仕事ガンバろ!)
by masami_ws | 2010-05-26 18:54 | 直球勝負!

ラッシャー木村も…

 しばたはつみさんはまだ57歳だったのかあ。芸歴から行って68歳くらいだと思っていたあ…

丸善石油(懐かしい!)の「OH!モーレツ」のコマーシャルソングを歌っていたときはなんと17歳だったのか。いやはや、真の実力派シンガーだったのだなあ。

 ラッシャー木村さんは68歳だったのかあ。往年のリングでの貫禄では今は80歳くらいになっていると思っていたあ…

 A.I.やO.A.などではなく、ラッシャー木村さんが政界に出ていれば日本はもっと良くなったかもしれない…などと酔った勢いでラッシャー木村さんのマイクパフォーマンスを知っているごく一部のファンにしかわからんような記事を書いてしまったあ。

とにもかくにも冥福を祈らずにはいられない。
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何のカンケーもないが、ボンネットのフードパルジがラッシャー木村を彷彿とさせたために、仲間うちで密かに「ラッシャー木村グルマ」と呼んでいたN14パルサー。ダートラでの速さは伝説だ。
by masami_ws | 2010-05-24 19:23 | 鎮魂の辞

死んじゃったよ、銀嶺の覇者

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 ロニー・ジェイムス・ディオ。そう聞いて、ブラック・サバスのボーカルと言う前に、ああリッチー・ブラックモアズ・レインボーの初代ボーカリストね、と答えられる人はどのくらいいるのだろうか。うーむ、いきなり渋谷陽一な話題ですまぬすまぬ。しかしながら、死んでしまったと聞いたらやはり書かずにはいられない。

 ブリティッシュ・ハード・ロック(当時はメタルなどというチャラい呼び方はしなかった。あくまでも「ハード」ロックなのだ!)の一大潮流を作ったギタリストは、何といってもレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジとディープ・パープルのリッチー・ブラックモアだ。
 
 キーボードのジョン・ロードとは、同じバンド内で鎬(しのぎ)を削りあう仲。ともにクラシックを基礎とするギタリストとキーボーダーだからこそロックの金字塔と言われるアルバム「マシンヘッド」が生まれた。

 しかし、ブラックモアのわがままだったのか、それともジョン・ロードのみならず天才ドラマー、イアン・ペイス、爬虫類系ボーカルの元祖イアン・ギランらの個性のぶつかり合いに疲れたのかリッチーが「俺の思う通りやりてえ!」と思った結果生まれたのが初代レインボーだった。

 リッチーはバンドを結成するにあたって、とりあえず俺のギターだけ光ればいいと思ったのだろう。手っとり早く無名のバンドを丸ごと買い取ってデヴューアルバム「銀嶺の覇者」をコサえた。その無名バンド…たしかエルフとかいう名前だった…のボーカルが一昨日死を報じられたロニー・ジェイムス・ディオなのだ。

 ところが、この風采の上がらないロニー・ディオが凄かった。リッチーにとっては、期待していなかったエルフという福袋の中にスンゴい掘り出しもんが混じっていたようなものだった。その後のレインボー人気は、リッチーのギターもさることながらこのロニーのボーカルによるところも大きい。

 確かに見た目はソバージュのオバサンみたいで決してカッコイイとは言えないロニーだが、しっかりと詩の中身を伝えてくるボーカルは、他に追随するものがない。
 ということで、ロニー・ジェイムス・ディオ最高の作品はレインポーのデヴューアルバム「銀嶺の覇者」。彼の人生を変えた一枚でもある。

 いやはや、こんなコアな話題についてきてくれたのは帯広のK・Aひとりだと確信しているが、あの紫のシンデレラ城のようなものが描かれたジャケットを見つけたら、ぜひ聞いてやって欲しい。67歳で亡くなったというロニーの二十歳の頃の歌声。ロック史に永遠に残る「銀嶺の覇者」を。
 
by masami_ws | 2010-05-20 18:57 | 鎮魂の辞

「おやじ」さんへ

 鍵コメ(ブログの持ち主だけに見えるコメント)に「おやじ」さんの署名で

>お父様は、戦争で何人ぐらい自分のように・・・・

という尻切れのコメントをいただいた。
「おやじ」さん、このあと書きたかった言葉はなんだろう?

・・・・人を殺したのでしょうか?

・・・・仲間を死なせたのでしょうか?

などが思い浮かんだが、よくわからない。「おやじ」さん、別に怒っちゃいないけど思わせぶりはやめてちゃんと書けよな。

 ともかく、終戦時、陸士59期の航空士官(少尉)として北支で終戦を迎えた父は、実戦には参加していない。しかし、あとひと月戦争が終わらなかったら、鹿児島辺りで特攻機に乗り死んでいたかもしれない。

 事実、一期上の陸士58期の航空士官には沖縄特攻作戦で散華した若者も多い。戦果の望みようもない低速の練習機に爆装し、離陸もやっとという特攻機。それに乗った飛行時間数十時間という初心者の彼らはどんな思いで還らぬ空へ飛び立っていったのか。

 幸か不幸か、父は戦争では死ぬことも殺すこともなかった。ただ、戦後の突っ走るような生き方には、あの戦争で「おめおめと生き残った」という慙愧の念が多少なりとも影響していたと言えなくもない。酔った勢いで軍歌を歌っていた父の声は胴間声であってもどこか悲しかった。

 息子のオイラには「自分は命根性が汚いから戦争でも生き残った。命根性が汚いからそうそうのことで死ぬことはない」と言っていた。そう言っていたくせに、いざ死ぬときには余りにもあっさりと命にしがみつくこともなく死んでいった。なんだよ、父さん話が違うぜ、と思った。

 あの時代に生きた人…戦った人、戦わなかった人、殺した人、殺された人、死なずに生き延びた人…全ての人の中に、はかり知れない思い…悲しみ、怒り、諦め、虚しさ、悔しさがあっただろう。

 そうした思いを語り継げる人はもう少ない。父が生きていたら、今聞いてみたいことでもある。

  
by masami_ws | 2010-05-18 00:11 | ここはチェンジアップ

父の命日

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 今日は父の32回忌。
小雨の降る朝、若き日には陸軍航空士官だった父は、戦争では当たらなかった弾丸が今、貫通したかのように胸を押さえて倒れこんだ。心臓発作。それは椿の花が落ちるような鮮やかな死であった。

 31年前の出来事が、今朝体験したことのように思い出される。生きていたら86歳だが、体力抜群、頑健そのものといった父がよぼよぼのジジイになっているのは想像しにくい。すこし早い死もまた受け入れるべき宿命だったのかもしれない。

 高潔にして温厚、理性的だが情熱的でもあった父は、息子のオイラが言うのもなんだが、誰からも好かれたようだ。理学博士号を持つ理論家であった一方、日本製鋼所室蘭製作所の製鋼部長として世界初の800トンインゴット…巨大な鋼の塊だ…精製に成功した「プロジェクトX」のような男だった。同時に家族を愛し、仕事を愛し、数十組のもの仲人をした「部下を愛する」男だった。

 しかし、善人は早死にをする、というジンクス通り父は太く短い人生を駆け抜けてしまった。

 ということで、オイラの当面の目標は親父の寿命55歳と7か月を超えること。などと殊勝なことを言いつつ、長命の母方の血を引いているらしく大した病気もなく来たオイラは、実は倍の110歳くらいまで生きてやろうと画策している。

 いい人でなくてもいい。バカでもいい。たいした仕事なぞしなくてもいい。多少人に嫌われたり、ウルせえジジイだと疎まれててもいい。ふっふっふっ、オイラは110歳くらいまで生きて、親父のハナをあかしてやりたいと思っている。死んで花実が咲くものか、だ。

 親父、あの世であと60年くらいは待っててくれい。わっはっはっ
by masami_ws | 2010-05-15 23:16 | 鎮魂の辞

英傑たちは今

 NHKの大河歴史ドラマ「龍馬伝」は、福山龍馬が「ちくっと」カッコよすぎるのは置くとして、なかなか面白くなってきた。特に、山内容堂を底知れぬ人物として演じる近藤正臣はアップの表情が妖怪的でなかなかいい。実はこの殿様、明治維新史に少なからぬ影響を与えた一人だ。

 常に酒瓢箪を離さず「土佐の鯨公」と称された容堂は、実は龍馬の大政奉還案を、その資格のある大名の立場で直接奏上し、また最後まで徳川慶喜に対する強硬な処断に反対して、平和裏の政権禅譲に貢献した気骨の人物なのだ。このあたりは容堂を主人公にした司馬遼太郎の中編「酔って候」に詳しい。

戦国の歴史が信長、秀吉、家康という三巨人を中心に巡る太陽系的景色だとすれば、明治維新史は綺羅星(きら、ほし)のごとく様々な英傑たちが登場する星雲的様相のドラマだ。だから面白い。

さて現代に目を向けると、登場人物の小粒なこと。現在の政界で150年後大河ドラマに登場できる人物がいるだろうか。草葉の陰で、龍馬は、海舟は、容堂は、西郷は、その他もろもろの英傑たちは、どんな思いで現代日本を見つめているのだろうか。
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 ここは昨夜、飲兵衛の旧友と行った旭川の「独酌三四郎」。割烹着のおかみに鉢巻き姿の亭主が何か明治を感じさせる名店だ。
by masami_ws | 2010-05-14 19:46 | 直球勝負!

土方歳三命日? 違うんだなあ

 1869年5月11日、新撰組鬼の副長として恐れられた土方歳三は、戊辰戦争最後の戦いとなった箱館戦争の最前線で、迫り来る新政府軍に対し最後の防戦を試みるもついに銃弾に倒れる。享年35歳。
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 土方の死を境に、日本で初めて選挙によって榎本武揚をリーダーとして選出した北海道独立政府「蝦夷共和国」側は総崩れとなり、僅か半年でその夢は潰えた。上の写真は、土方最期の地と伝えられる函館市若松町の慰霊碑。

 実は、その5月11日という日付、オイラも明治維新後の話なので勘違いしていたが、実は旧暦。だから実は今日は土方歳三の命日ではない。本当は6月20日だということを先日、お邪魔した北海道森町役場のWカマツ課長に、函館空港への道すがら教えていただいた。

 この物静かなWカマツ氏、オイラと同い年とは思えない落ち着きぶりなのだが、歴史の話になると熱い。どう見ても明治維新のこの時代を見て、土方歳三にも会ってきたかのように、遠くの景色に目を走らせながらいろいろなことを教えてくれる。おりしも北海道は春の花が一気に開花。

「梅も桜も辛夷(こぶし)の花も一緒に咲いている蝦夷の春を土方はどんな思いで見ていたのか」

などと情感を込めて話すのであった。

 何せWカマツさんの町、森町の鷲の木海岸は、土方歳三が死の前年の秋、榎本武揚らと共に初めて蝦夷地に上陸した場所。Wカマツさんは、そこから土方らが函館(当時は箱舘)の五稜郭まで歩いた道を実際に歩いてみたりしている歴史フリークぶり。
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 鷲の木海岸に立つこの立て札もWカマツさんが仲間たちと建てたらしい。それにしても、土方歳三も、ここから同じ駒ケ岳の姿を見たのだろうなあ、と思うと感慨もひとしお。

 ついでに「土方歳三も旨いカニを食ったのだろうか?」などと考えたが、不謹慎だろうか。歴史は考えるほど深いのであった。
by masami_ws | 2010-05-11 23:52 | 鎮魂の辞

いやはやいやはや

 ということで行ってきました、北海道の森町(もりまち)。
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こんなものや
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なんと、まだビチビチと生きているこんなもの。はたまた
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めったに刺身ではいただけないこんなものも。そして森町と言えばやはりこれ。
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 とにかく、美味しいものをたくさんいただきました。仕事とは言え、もう日本全国の皆さんに先にゴメンナサイと言っておきます!
by masami_ws | 2010-05-09 23:33 | 乾杯!

ダイエット作戦迷走中!

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 今年はノンアルコール・デイに関してはまあまあ自分としては努力してきたつもりだ。それに対して進捗が今一歩なのが、ダイエット。

 主な理由は以下の三点。

①世の中には、旨いものがありすぎる。
 ちなみに写真は先月食べたものの中でのゾウ印賞、北海道の某隠れ家的名店の「厚切りベーコンステーキ」。
 こんなもんが世の中にあることが悪い!

②世の中には、旨いものを食おうと誘う人が多すぎる。
 大阪には旨い中華しゃぶしゃぶに誘う人、名古屋には名物手羽先食いましょうと言う人、北海道には最高の寿司知ってますという人。
 こういう人がいることが問題だ!(ホントはウレシイ)

③世の中には、旨いものがある場所への出張が多すぎる。
 実は今夜も北海道は函館のちょいと上の森町へ出張。町長が待ち構えているらしいが、旨いものが出てきたらどうしよう。
 うーむ困ったあ!

ということで失敗の理由を全て世の中のせいにしているオイラのダイエット作戦、成功は当分覚束ないのであった。
by masami_ws | 2010-05-07 09:08 | 直球勝負!

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