風ニ負ケヌ草トナリ、雨ニ負ケヌ花ヲ咲カセル。私ハソンナ人間デアリタイ。


by masami_ws

プロフィールを見る
画像一覧

やりすぎはいけない!

 
f0054720_16573639.jpg

 フランスでのイスラム過激派によるテロは、いかなる理由があるにせよ赦せるものではない。テロを正当化する理由など絶対にない。亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りしつつ、そのことを前提に置いて、書いておきたいことがある。

 人の怒りのスイッチを入れる大きな要因に、「自分が大事に思っているものを傷付けられる」ということがある。ジダンは試合中に家族を侮辱する言葉を吐いた相手選手に思わず頭突きを食らわせた。「お前の母ちゃん、で~べ~そ」というのは、子どもの間の最大の罵り言葉だ。

 昨年末、アメリカのソニーピクチャーズが金正恩の暗殺を面白おかしく描いた映画「ザ・インタビュー」が上映された。例えばこれが、誰か私たちにとってもっと身近な人物を暗殺するという話だったらどうだろうか。北朝鮮によるサイバー・テロはもちろん赦せないが、神のごとく崇める将軍様をあんな風に扱う映画は絶対許せない、という北朝鮮の人々の怒りも分からなくはない。

 もし天皇陛下が映画の中で同様に描かれたとしたら、同じように怒り狂ってテロ行為に走る日本人が出る、ということは十分に考えられることだ。国会議事堂の前でデモを行なっている一団の中に、安倍首相の大きな顔写真にヒットラー髭を描いて掲げている人がいた。ナマで目の前でそれを見たときに、思想の是非についてではなく、その手法に何か大きな違和感を感じた。

 そこには何の主張もユーモアも感じられず、ただただ相手を貶(おとし)めたいという意図しか感じられなかったからだ。事件のあった新聞が、震災後、フクシマの原発事故に関して、放射能の影響で腕が三本に突然変異?した相撲取りの漫画を掲載したのを見たときと同じで、何か心がぐったりした気分になった。

 件(くだん)の新聞では風刺漫画で、イスラム教徒にとってもっとも大事なマホメットを、再三にわたって揶揄してきたという。尊崇の念を持って信仰する対象を侮辱された、というのは政治家を批判することの比ではない。確実に傷付けられ、怒りに身もだえするイスラム信者がいることは間違いない。

 ティム・ライスとアンドリュー・ロイド・ウェッバーがキリストの人間的苦悩を描いたミュージカル「ジーザズ・クライスト・スーパースター」を発表した時に、一部のキリスト原理主義者たちは、それこそテロ的な反対運動を展開し上演の阻止行動に走った。イスラム教徒もキリスト教徒も似たり寄ったりの行動をしているのだ。 

 幸い、八百万の神を認め、暮れにはクリスマスを祝い、新年には神社に初詣し、寺で葬式をする日本人は、他者の信仰する神に対しても、比較的容認し尊敬の念で接するという気風があるような気がする。だから、こと宗教に関してはそれほどやり過ぎないと信じている。

 いずれにしても、表現の自由は、人を不快にさせたり、心を傷付けたりしない範囲の中で許されることだ。ときにアイロニーの持つ毒性が効き過ぎて、人の心を深く抉っていることに、表現者は気付かねばならない。何事も、やりすぎはいけないのである。
# by masami_ws | 2015-01-15 16:58 | 内角高め158㎞

My New Year‘s Resolution

f0054720_126138.png
今年の最大の目標は

「剣道初段に、俺はなる!」
(ちょっとルフィーみたいな言い方だがw)

 去年の夏、いろいろ勧められて始めた剣道、3回目の稽古で歳下の女性の有段者に稽古をしていただいている最中に右ふくらはぎの肉離れ。90代半ばのヨーダのように小柄な七段のおじいちゃん先生からは小学生と変わらず罵倒され、稽古では小中学生にここぞとばかりひっぱたかれ、こんなカッコ悪いことはないのだが、カッコ悪いことだから敢えてやろうと思っている。

 仕事柄、なまじ「先生」とか「社長」などと呼ばれることに慣れて、叱られる場面、カッコ悪い場面、情けない気持ちになることがない。これはとても悪いことだ。3KMインストラクター養成講座では、それこそ初心者の受講者に辛辣なフィードバックをしている我が身だが、お前はそういう思いをしているか、と問われると誠に心もとない。

 好きなこと、得意なことだけをして「上手いですねえ、流石ですねえ」とお追従を貰っていることの心地よさにどっぷりつかると、人はカッコ悪いことをしなくなる。これはとても危険なことだ。「オッサン、いい歳して初心者かよ、カッコ悪い、よせばいいのに」と冷ややかに笑われるようなことを、敢えてすることに意味があると思っている。

 ということで、時々、進捗状況をここにアップするので読者の諸兄諸姉にはぜひ大いに冷やかしていただきたいと思っている。でもとにかく、もう一度言う。

「剣道初段に、俺はなる!」
# by masami_ws | 2015-01-01 00:59 | 直球勝負!

鉄人28号と鉄腕アトムの違い

 思いっ切り古くて申し訳ないが、鉄人28号と鉄腕アトム、いずれも昭和を代表する二つのロボットが決定的に違うことは何か?分かる人がいるだろうか。

 言っておくがサイズ(鉄人は身長20メートル、アトムは135センチ)や馬力(鉄人100万馬力、アトム10万馬力)の話ではない。ヒントは、鉄人28号は理論的に現代の科学を持ってすれば実現可能だが、鉄腕アトムは今のところ、不可能という点にある。

 それは自らの意思をもっているかどうかという一点だ。鉄人28号は、子どものくせに車を運転しピストルを撃ったりもする天才少年探偵金田正太郎が、操縦器と呼ばれるリモコン装置のたった2本のレバーをキコキコと器用に動かして巧みに操る、謂わば操り人形のようなものだ。

 だから、悪人に操縦器を奪われると、たちまち鉄人は悪の強力兵器と化す。また、鉄人には一切の感情がないことは、あの無表情でまばたき一つしない目を見てもわかる。つまり単なるマシーンなのである。この発展型は、ガンダムに代表される、パイロットによって操縦されるモビルスーツだ。

 一方、鉄腕アトムは、と言えば、その様々な能力の中で特筆すべきものに「ものごとや人の善悪を判断できる」ということがある。アトムは時には、怒ったり大泣きしてなんとロボットのくせに(どういう仕組みなのか)涙を流したりもする。意思や思想、感情までもを持っている驚くべきロボットがアトムなのだ。ちなみに、ヒト型とネコ型の違いはあるがドラえもんもこのアトムに近い。

 いきなり現実的な話になるが、組織にも鉄人型とアトム型の二通りの人材がいる。鉄人型というのは、黙々と自分の仕事をこなしていくエキスパートで、組織の縁の下の力持ちと言ってもいい、これはこれで有用な存在だ。ただし、このタイプは自分で判断したり、方向性を決めることはない。与えられた仕事をこなしていくことが彼の全てだ。

 それに対して、アトム型は自分で何をすべきか、自律的に判断して行動する。組織の目的、あり方、方向性などを自分で考え、今何をすべきかを決定できる。もちろんマシーンとしての優秀性、つまり仕事ができるという条件は満たしているが、加えて判断力や環境への対応力、人間としての豊かな思索能力を持っているのだ。

 ここからは個人的な考えだが、新入社員は優秀な鉄人28号、いやこの例えがピンと来なければ優秀なガンダムやザクのように、ひたすら自分に与えられた仕事に徹することが大事だと思う。経験が浅いということは同時に考えも浅いのだから、とにかく上司の指導に従って行動することが一番大切なことだ。

 しかし、これが一人でも部下を持つとか、部門や拠点を任される責任者、ということになってくると要求されるものが変わってくる。やはり、トップの思想や組織の理念を体得しつつ、こんどは自分がどう動くべきかを判断し、時にはあの鉄腕アトムの最終回のように(…って、見ていない人にはさっぱりわからないだろうが)自己犠牲を伴っても頑張って生き方を示すことが必要となるのだ。

 ということで、まことに長い前フリで恐縮だが、ここからはコマーシャル。

世の中の社長の皆さん、会社にいる優秀な鉄人28号やガンダム、ザクなどを、鉄腕アトム、あるいはドラえもんのような自律的な経営スタッフに育てるための初級講座があるのです。東京と大阪で開催中。直近では10月からの東京コースにはまだ空席があるので是非こちらをご覧ください。経営陣による保護者参観が可能なユニークな講座です。
f0054720_17592571.jpg

# by masami_ws | 2014-09-05 22:38 | 直球勝負!

ゴメンナサイ、日本語を学ぶ世界の大学生に先に謝っておきます!

 ちょっと気恥ずかしいのだが、以下のメールのような事情で、オイラの決して正しくない文章作法で書かれたブログ記事が、なんと正しい日本語を学ぶためのオンライン教科書として、全世界の大学生の目に触れる可能性が出来てしまったあ!

Subject: お礼とご報告

中川 理巳殿

拝啓

 時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。

 平成25年6月に、アラスカ大学アンカレッジ校における日本語教科書作成プロジェクトの一員として、中川様の「医師 高橋亨平さんの生き方に学ぶ」 (“Winning Shot” (http://mnws.exblog.jp/18591853/)) の転載許可を賜りたくメールをいたしましたカリフォルニア州立大学ロングビーチ校の〇〇〇子と申します。その節は、転載を快諾いただきありがとうございました。ご理解とご協力に改めて厚く御礼申し上げます。

 ご協力のおかげをもちまして、この度教科書が完成し、オンラインで米国の大学のみならず、世界中で日本語を学ぶ大学生の教科書として、希望者に配信する運びになりましたので、お礼方々ご報告申し上げます。このプロジェクトは、2011年3月11日に岩手県陸前高田で津波の犠牲となったアラスカ大学アンカレジ校の卒業生、モントゴメリー・ディクソン(モンティ:当時26歳)の追悼のため、国際交流基金の助成をうけ、アラスカ大学の日本語教師、及び、アメリカの数州の大学の日本語教師の有志によって立ち上がりました。教科書作成にあたっては、「太平洋の架け橋になる」というモンティの夢を少しでも実現すべく、「架け橋」を全体のテーマにし、また、教材選定にあたっては、東日本大震災からの復興をプロジェクトスタッフ一同常に願いつつ、日本の真の文化教育の一助となるように、教師が書きおろしたものではなく、中川様の著作物を含め、すべて日本から発信されている生のものを使わせていただきました。

 この教科書は、世界に広く配信するため、紙の教科書ではなく、アラスカ大学アンカレッジ校のウェブサイトにオンライン教材として掲載されております。アドレスはhttp://hdl.handle.net/11122/4144です。使用許可をいただいた中川様の著作物は教材として、ユニット6の3ページから13ページに掲載されています。ご高覧いただければ幸いに存じます。

 快く転載の許可をいただけましたこと、再度厚く御礼申し上げるとともに、プロジェクトの完成のご報告まで申し上げます。

敬具
                        〇〇〇〇子


 とても丁寧なご依頼だったので、ついその気になってしまったのだが、後で自分の書いたその記事を読み返すと日本語的になんだかなあ、という表現も多く、まったくいやはやいやはやなのである。…って、こういう表現自体、翻訳不能だわなあ…

 それでも教科書になると、なんとなくそれっぽく見えるからオソロしいのだが、後に続く問題をやってみると日本人のオイラでも、というより書いた本人のオイラでもすんごく難しい。だから、万万万が一、著者に直接訊いてみよう、などという輩が問い合わせメールなどくれぬことを祈っている。
# by masami_ws | 2014-08-25 23:09 | 今夜はスローカーブ

自業自得の連鎖地獄

 そいつは東京駅で停車中にすでに始まっていた。出発を待つ新幹線の車内で、けたたましい「リリーン」「」リリーン」という、昔の黒電話のような呼び出し音。
 いるいる、こんな奴。スマホでもデフォルトのマリンバの音に満足できず、やたら目立つ妙な呼び出し音に設定してる奴。こういう音の設定にしている奴は次の三つのどれかだ。

①俺様の音は普通じゃないと誇示したい。
②子どもの頃の黒電話に何らかの執着がある。
③耳が遠い。

 まあどうでもよかったのだが、3席ほど後ろのこいつ(面倒くさいのでリンリン野郎と以後略)は、一応ボクはマナーを心得ている人間です、と言いたげに

「あのーいまー新幹線のー中なのでーいまーデッキにー出ますんでーちょっとーまってー」

 などとデカイ声で通話ししながら、履いていた靴を左右交互につっかけては、つま先を床に「ドンドン」反対の靴を「ドンドン」、また一歩進んで「ドンドン、ドタドタ」反対を「ドンドン、ドタドタ」というふうに、行儀の悪い子どもが靴を履くときのモノマネか、と思わせるような仕草で横の通路をデッキへ歩いて行く。

 ええい、こうなったらいよいよ面倒くさいのでリンドン野郎と名付けるが、こいつは名古屋の手前、三河安城までこれを3回繰り返した。流石に三回目は、うとうとしかけていたところに「リーンリーン」「ドンドン、ドタドタ」ときたので、デッキから帰ってきたリンドン野郎に言ってやった。

「ちょっとお兄さん、マナーモードって言葉、知ってんの?」

 柴田恭平を気弱にしたようなリンドン野郎は、ハトが豆鉄砲みたいな顔をしてちらっとこっちを見た後、行ってしまった。いやはや、世の中にはわからせてやなきゃいかん奴が多い、と思いながら目が冴えていたのでパソコンで最新のミュージック・ビデオ・クリップをチェックしていた。

 ふと、気付くと女性の車掌がとんとんと肩を叩く。えっ?っとヘッドホンを外すと

「お客様、ちょっと音漏れがしているようなのでボリュームを下げていただけますか」

なんと、他人に文句を言っていた自分が他人に迷惑をかけていた。いやはや、人のことは言えない。故人曰く

「人の振りみて我が振り直せ」

このことを痛感させられるのぞみ車中の出来事であった!
# by masami_ws | 2014-07-26 19:31 | ひょうろく球

「間違いを犯しやすい議論」

f0054720_22195230.jpg
 憲法改正か否か、また集団的自衛権行使に関する憲法解釈云々ということで、随分と世間が騒がしくなっているようです。その具体的な是非について、個人的意見をここで申し上げることは避けたいと思いますが、原発問題と同じように賛成か反対かということが問われるような議論を進めるときに犯しやすい間違いについて三つお話ししたいと思います。

 一つ目の間違いは「スジ論」です。例えば、外国人の作った憲法だから変えるべきだ、いや一度決めたものは何が何でも守り抜くべきだ、というような論法です。外国人が作っても良いものは良いという部分もあるだろうし、逆に一度決めたからといって実情に合わなくなっているものは変える必要がある。スジ目を通すことも大事だが、それを盾に自説を通そうというのはちょっと無理があるということです。

 このスジ論で行くと、過去に過ちを犯した者は永遠に罪悪感を持って謝罪し続けろとか、責任者は誰だとかという、これからの解決や論議とは関係のない話にどんどん行ってしまいます。考えてみると、この「スジを通せ」という主張は良からぬ強請(ゆす)り集(たか)りには必ず出てくる言葉で、全ての理性的で建設的な論議を遮断するマイナスの力を発揮してしまいます。

 二つ目の間違いは「決めつけ」です。過激な憶測が独り歩きして、集団的自衛権行使を容認すると日本は必ず戦争を始める、とか、逆にそれをしなれば必ずどこかの国が日本に攻め入ってくる、などという極端な決めつけが冷静な論議を思考停止の状態にしてしまいます。「必ず」「絶対」などという言葉が、予測の中に登場する場合、その主張はちょっと偏った決めつけの方向に走っていると気付かなければいけません。

 漫画のバカボンに出てくるお巡りさんは異常なお巡りさんで、いつも足をバタバタさせながら拳銃を撃ちまくっています。それを見て、危ないから全てのお巡りさんから拳銃を取り上げろということにしたらどうなるか?日本の学校教育が瀕死の状態なのは「体罰イコール全て暴力イコール絶対悪」だという決めつけで、教師から警察官の拳銃にあたる体罰を取り上げたからです。

 そして三つ目の間違いは「観点の違いに気付かない」です。集団的自衛権を発動した場合、自衛官が死傷することがあるのか、という国会での質問がありました。質問者と答弁者の観点は「個」と「公」という点で全く違っていて見ていて滑稽なくらいでした。このように世の中には、さまざまな観点があり、どの観点を主体にものを考えるかは人によって様々だということです。

 たとえば、あれだけ銃犯罪の多いアメリカでなぜ銃が規制されないのか?日本人から見たら理解不可能なことですが、一般市民が鉄砲を手にすることによって国土を開拓し自由を勝ち取る戦いをしてきたアメリカ人から鉄砲を奪うことは、自由の象徴を奪うという重大な意味があることを知るとこの問題の難しさが分かります。

 ものごとには「個人」「公」「経済」「心」など色々な観点があります。最近では「女性」と「男性」の問題で、相手や周囲の観点を想像できない、つまらぬ野次を飛ばして窮地に追い込まれた例などもありました。これが、国家、民族、宗教などの違いに及んでは、全く観点の違う無数の正義や正論が渦巻いているというのが世界の現状です。一見、どう見ても違うと感じられることも、観点が違うと全て正論となるのです。

 まとめると、過去のしがらみなどスジにとらわれず、憶測による決めつけをせず、様々な観点があることを理解しながら議論を進める、ということが肝心ということになりますが、これが本当に難しい。だからこそ、特に私達の未来にかかわる重要なことなどについては、慎重に、そして粘り強く議論をして欲しいものだと思うのです。
# by masami_ws | 2014-07-03 22:20 | 直球勝負!

もだえ苦しむ露天風呂手ぬぐいパパ&ボーイズ事件

f0054720_00444533.jpg


 


 今朝、とある経営者の会の催しで泊っていた富良野の温泉ホテルでの出来事。早朝の露天風呂に気持良く浸かっていたら、小学校低学年と思しき二人の男の子を連れた優しそうな若い父親が湯に入って来た。



 すると驚いたことに父親が、こっちこっち、などと言いながらあとで入って来た子ども達の身体を、湯船の中で手ぬぐいで軽くこすっているではないか。ごしごしという感じではなく軽く拭う感じではあるものの、温泉の浴槽の中のことだ。



 そして、三人で湯につかっている間も、一人ひとりが持っている手ぬぐいは湯の中に浸けられて、父親は自分の腕などを軽く擦るような仕草を見せていた。相手が大人一人ならすぐに、あなたそれはマナーに反しますよ、やめましょうよ、と注意するのだが、うーむ、これはどうしたものか、オイラは一瞬戸惑ってしまった。



「楽しそうにしている幼い子ども達の前で父親に注意する、というのも子どもから見ると何だかこちらが悪者に見えるような気がするし、かと言って子どもに優しく注意するのも、なんだかなあ…」



 それに、その父親が手ぬぐいの一点を除くと、とても上品でしかも子ども達を大切にしている感じがして「こら、お前達!手ぬぐいを中に入れるなよ!」と上から注意するのも相応しくない相手のように思えたのだ。



 もうそうなると、のんびり湯に浸かってという気分ではなくなって、イラモライラモラと、いろんなことを考えてしまった。まず、こんな手ぬぐいパパ&ボーイズが出来てしまう条件を考えた。



①この手ぬぐいパパは幼い頃、町中の銭湯に入ったことがないのだろうなあ、ということ。つまり、内風呂が家に備わっている程度の経済力の家庭に育ったということ。



②それでいて、手ぬぐいパパの親は休みの日に彼を温泉もしくはスーパー銭湯もしくは 健康ランドのようなところに連れて行く程度の経済力はなかった、ということ。



③つまり、彼の育った家庭の経済力は、銭湯に行かずに済む程度に裕福で、温泉もしくはスーパー銭湯もしくは健康ランドに行くには貧しかった、ということ。



④それで今回、手ぬぐいパパは、自分が小さい時にしてもらえなかった、子どもを温泉に連れて行くということを我が子にはしてやろうと頑張って仕事をし、奮発してこの温泉ににやって来た、ということ。



⑤そして、悲しいかな銭湯や温泉など公衆浴場のマナーを知らないまま育ってきた手ぬぐいパパは、子ども達にもそれを教えることは出来ず、結果として手ぬぐいボーイズが誕生する結果となった、ということ。



 うーむうーむと、半ばノボせそうになりながらそんなことを湯の中で考えた結果、とんでもないことに気付いた。これを誰かが教えないと、また次の世代、また次の世代と手ぬぐいボーイズが増殖し続け、日本の温泉はとんでもないことになる…どこへ行っても浴槽に手ぬぐいを突っ込み、さらには温泉番組の真似をしてバスタオルを巻いて浴槽に入って来るようなヤカラまで現れるのではないか!



 というところまで考えたら、彼らのために言ってやらねば、という結論に達した。楽しい親子の思い出よりも大切なことは存在するのだ。ということで、子ども達が先に出て父親が最後に湯船から出るタイミングで、耳元で囁くように言ってあげた。



「湯船に手ぬぐいを浸けるのはマナー違反ですからお子さん達にも教えてあげてください」



 父親は「あ、すみません、わかりました」と素直に謝ってくれた。その後、子ども達は「パパ、何?どうしたの?」と尋ねていたが、こちらの方が先にその場を立ち去った。


 父親がこの子達にどんな説明をしたのか、それまで聞く必要はないし、聞きたくもなかったからだ。



 ありがたいことに、この出来事があったせいで「良識」ということについて考えさせられた。毎週発行している「今週の朝礼」のヒントになったのでこれはこれで良かった。まあともかく、頑張れ手ぬぐいパパ、良い子育てができることを祈っている。




# by masami_ws | 2014-06-23 00:46 | 今夜はスローカーブ

いくつになっても美しい魔性の街、巴里⑤…麗しの美女のヒミツ

 ディートリッヒ・フォン・コルティッツ将軍といういかにもドイツ人な名前に記憶のある人は相当な歴史通か、映画「パリは燃えているか」を観た映画通だろう。このコルティッツというナチスの将軍は、第二次世界大戦末期にナチスドイツ占領下のパリ防衛の責任者だった人物。

 連合軍に奪還される前にセーヌ川にかかる橋を全て爆破しパリの街を破壊しつくせというヒトラーの命令に反し、それをせずにパリの街を救ったと言われる人物だ。いや、その真偽のほどは知らぬが、とにかくパリの街はいまだに美しい。コルティッツ将軍はパリを破壊せよと言われても出来なかった。彼にとってこの街は、たとえ他の男…連合軍のもとに還ってしまうとしても、たおやかなその首に手をかけて殺してしまうには余りにも美し過ぎる女性のようだった。そうだったにちがいない。
f0054720_00581082.jpg


 そう、パリの美しさは、男性的躍動感に溢れダイナミックな摩天楼が屹立するニューヨークの風景とは対照的に、穏やかでロマンチック、そして女性的繊細さと同時に軟らかい豊饒に満ちている。上の写真はノートルダム寺院だが、いくつになっても美しさを失わない名女優のようなたたずまい。

f0054720_05520174.jpg


f0054720_05515310.jpg
 街一番のデパート、ラファイエットの7階は屋上になっているのだが、驚くべきことにそこからモンマルトルの丘まで見渡せるほど、この街の建物は低い、というよりは古いので高層の建物がない。唯一、近くの巨大なオペラ座だけがこんなふうに見えるだけ。実は、古い街並みがそのまま残っているのがパリの最大の特徴だ。
f0054720_05485186.jpg

凱旋門は改修工事中だったが、貴重な観光資源だけのことはある。なんと半分ずつ工事をしている。それにしても、真下に観光客が歩いているというのに危なくないのか?
f0054720_05491200.jpg

その凱旋門の上は日本で言えば7~8階建てのビルの屋上程度の高さなのだが、東京タワーより低いエッフェル塔があんなに立派に見えるほど、パリの街並みは低い。
f0054720_05490060.jpg

これは、同じく凱旋門の上からシャンゼリゼ通りを見おろした写真。高いビルなど一つもないので、ちょっと田舎っぽい印象だ。実はほとんどが6階建程度の高さしかない。
f0054720_23034993.jpg

 このエッフェル塔は、東京スカイツリーやドバイの下品なビルといった新参者など歯牙にもかけぬ気品を持つ。周囲に一切高層建築の無いパリでは永遠の孤高を貫く究極の美だ。とても一世紀以上の建築物とは思えない。鉄のレース刺しゅうと言われる細かい鉄骨組みと二次関数のような曲線は女性的な美しさだ。ライトアップされるとこんなふうに! 
f0054720_05473600.jpg
 
街中の建物に、壁の平坦な箱のようなビルは一つもない!
f0054720_23020781.jpg
f0054720_23005887.jpg
f0054720_23015909.jpg
f0054720_23010695.jpg

 路地裏には、パッサージュ。日本ならナントカ小路と言われるような商店街。石の階段がすり減るほど古い。写真の店は創業150年以上というカードや写真を扱う店。
f0054720_23040047.jpg
f0054720_23040953.jpg
f0054720_23040683.jpg
 日本にも古都と呼ばれる場所はいくつかあるが、こんなに大々的に街全体が古い、というところはない。京都にしても、駅前に毒キノコと誰かが言った京都タワーが建った辺りから街の様相は一変してしまった。あの街が、歳をとるにつれ化粧や服装がケバケバしく派手になる一方で容貌は衰えて行く女優だとすると、いくつになっても変わらぬ美しさを保つ謎の美女、それがパリなのである。



 

 

# by masami_ws | 2014-04-13 07:45 | ボンジュール!パリ

わさわさと煙が目にしみる巴里④…デ部員がいないパリジェンヌの謎

 さすがはパリ、オイラが街を歩いていると、フランス映画に登場するような美女…往年のカトリーヌ・ドヌーヴのような…が、いきなりウィンクをしてくれたり、可愛らしさをいつまでも失わないソフィー・マルソーが手を振ってくれたり、はたまた無邪気なオドレイ・トトゥがいきなり抱きついてきたり、という妄想のようなことは一切無かった。当たり前か。
f0054720_05435110.jpg
 この写真の女性を見よ。タイツのようにスキニーなパンツにかっこいいランニングシューズを履いて大股で颯爽と歩いていた。このようにパリジェンヌ達は皆、美しかった。これはホント。まず、絶対に言えることは、98%の確率でパリジェンヌ(いやパリジャンにも共通しているが)デ部の部員がいないということだ。
f0054720_05434621.jpg
f0054720_05434102.jpg

 自転車に乗っている人も多いが、ごらんのとおり皆スマートだ。太っているのは、外国からの観光客とおぼしき人たちで、朝夕通勤しているパリの人々は皆とてもスマートなのだ。結構、脂っこい食事、ワインに信じられないほど巨大なデザート、よく食べよく飲む彼ら彼女らがなぜこんなにスマートでいるかについて、現地で仕事をしている日本人女性に尋ねたところ、即座に帰ってきた答えは
「とにかくよくしゃべりながら、長い時間かけて食事をする」
からだと言うのだが???それだけで痩せていられるものだろうか。


f0054720_05430037.jpg
 そう、女性はこんなふうに大股でカッコよく歩いている。それと、ファッションが黒を基調にしているというのもパリジェンヌの特徴らしい。カップルもオシャレでみんな絵になるからニクい!
f0054720_05433879.jpg
f0054720_05424711.jpg
 シニアなカップルもどこかオシャレ!
f0054720_05432623.jpg
 ひとつだけ!こんなに素敵なパリジェンヌたちにも残念なところが一つある。それは、彼女たちの88%くらい(あくまでも印象だが)が、タバコを吸うという事実だ。屋内で吸えないらしく、皆、歩道でカッコよくプフアーと煙を吐いたり、指先に火のついたタバコを挟んで歩いていたりする。うーむ、これには百年の恋も冷める。喫煙大国フランスならではの光景ではある。


# by masami_ws | 2014-04-07 00:26 | ボンジュール!パリ

シャンソンたなびく哀愁の巴里③…カッコ良さには不便は覚悟


 ということで、何につけてもファッショナブルなパリだが、困ったことも。このブログの読者の中に万一フランス人の方がいたら先に謝っておくが、今回は文句を書くぞ! まずこれ。
f0054720_05444181.jpg
 マリー・アントワネットが投獄されたコンシエルジュリーの休憩スペースにあった椅子。さすがは凝ったデザイン、鉄製で重いのはいい。
 さらに座面が妙に湾曲していて座りやすくなっているのかと思いきや…まあ座ってみればわかる。どういうわけか、どうにも座り心地が悪く5分も座っていられない。どうも人間工学など、カッコよさの前には関係ないと主張しているようだ。

 もひとつ、ホテルの部屋の椅子。
f0054720_05080806.jpg
 これも座ればわかる。この靴ベラのような背もたれのせいで、自分の尻が靴に押し込まれるかかとになったような感触を味わえるぞ。座りやすさをカッコよさと引き換えにしているのだ。
f0054720_05142473.jpg
 これは浴室。シャワーカーテンが無く、なぜか半分だけスプリングで開くガラスの仕切りが。当然だがシャワーを浴びれば浴室内全体がほとんどびしょ濡れに!さらに問題は混合栓。
f0054720_05270733.jpg
 なかなかカッコいい。そして凄いのは、このレバーの操作が恐ろしく難しいということ。昔のシトロエン2CVのぐにゃぐにゃミッション、いまギヤがどこに入ってるのかわからないあのシフトレバーに通じる微妙な感触、そしてシャワー使用中に勝手に動いてしまい熱湯を浴びたりするスリルも味わえる、というものだ。
 クルマ部品以外に水栓なども作っているドイツのボッシュの製品や、水温まで表示している日本の混合栓などとは正反対の思想、とにかく機能は二の次、カッコいいことが命なのだ。

 これも同じく浴槽内の止水栓。上部排水口のカバーを回すと下が閉まる、というこれまた実にカッコいいものだが…
f0054720_05550025.jpg
案の定、というか、当然のごとく、というか、ちゃんと閉まらないので30cmのお湯を貯めるのに、適温の湯が冷めきるくらい時間がかかった。いやはや。

 続けてこれも浴室の洗面台。左右に白黒のコップを配してなかなかオッサレー、だが…
f0054720_06251694.jpg
同じ混合栓は仕方ないにしても、排水口の止水栓のレバーがどこにあるかわかるだろうか。なんと下のタオルのところにちょいと見えているステンレスの長い棒がそれ。これをぐにゃぐにゃと微妙に動かしていると偶然閉まる、またまた昔のシトロエンのシフトレバーの登場だ。

 しか~し!トイレのフラッシュ用のボタンだけはこんなふうに大きく判りやすい。なるほど、大きい丸を押すと大用、小さい丸は小用と水量調節できるのか、と感心したのも束の間、
f0054720_06065013.jpg
なんと、どっちを押しても水量は変わらず、しかも困ったことにどう見ても「小用」の水量、仕方なくもう一度押しても、壁内の貯水タンクに水の溜まるスピードが恐ろしく遅いため、用を足した後、相当ここに籠っていなければならない。

 なのに、この浴室、鍵のかからないガラス戸だけで仕切られていて、なおかつこんなふうにどうやっても3cmほど隙間が!
f0054720_05471348.jpg
隙間からは便座に座っている状態のビミョーな姿が垣間見えるし、ビロウな話で恐縮だが、音も臭いも丸漏れ状態。付き合いの浅いカップルなどは絶対恥ずかしくて泊まれないぞ、ここには!

 室内照明は、全てめちゃめちゃ熱いハロゲンランプで、意味なく超スポットになるこの細長いやつは、点灯していると熱くて触れない上に、首の部分がフレキシブルのようで、実はなかなか曲げにくいという、まさに曲(クセ)者!
f0054720_06091615.jpg
 そして街に出れば、街並みに溶け込むデザインだが、とても見やすさを優先させているとは言い難い信号器や
f0054720_06434385.jpg
一体どっちを指していて、どれをどう見たらいいのか判らない道路標識、
f0054720_05535174.jpg
時刻がまちまちで信じられない街頭時計(なんと二日前に夏時間が始まったにも関わらずオペラ座近くの交差点の真ん中にあった時計は1時間遅れたままだった!)など、日本ではまず考えられないものが溢れている。
 しかし一方で、
f0054720_05441164.jpg
衣類の買い物についてきたこんな安全ピンにも、こんな粋な意匠を凝らすフランス人気質。うーむ、機能性、利便性、確実性、効率などとはかけ離れた、理性より感性を優先させる世界、これこそがパリ的なものなのかもしれない。


 

 

# by masami_ws | 2014-04-06 08:42 | ボンジュール!パリ

以前の記事

2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 07月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 10月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 05月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 07月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月

お気に入りブログ

Go for it! ~...
続 敵は我にあり
京都・ぶら~り・お散歩日和

ライフログ

検索

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

社長・経営者
経営・ビジネス

画像一覧